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『創造的福祉社会』広井良典著

創造的福祉社会: 「成長」後の社会構想と人間・地域・価値 (ちくま新書)

創造的福祉社会: 「成長」後の社会構想と人間・地域・価値 (ちくま新書)

*うちへのおもてなし

 労働時間と育児の時間を切り替えやすい仕組みをつくることは急務である。日本には勤続年数やキャリアにブランクがあると復帰できない理由が社会の慣習として存在している。履歴書は経歴で埋めなければ選考対象にもならず、家族内の事情や生育環境から、引きこもりニートや就職を留年する逼迫した選択をするしかなくなる若者も増えている。

 しかし、どんなに職場復帰できる制度を整備しても、子供の数が増加することはない。消費者数が増えず、賃金も増えず、持ち物もこれ以上増やす必要がないなかで、子供をたくさん作ろうと思うだろうか。ましてや世の中の先行きが暗いのならば。

 本著は少子高齢化を前提でものを考えるべきだと説く。経済人類学でも、成熟社会では人口の増減が定常化する法則があり、地球の人口爆発がいずれ収まるという計算の根拠となっている。日本の成熟化の速度は現在世界の最先端を走っている。

 ではどうすればよいのか。たとえば年金である。高齢者は現代の日本のインフラを無我無心に構築した世代である。若者が豊かに暮らせているのも、水道や電気、ガス、道路のうえに、流通網、情報網、都市網が走っているおかげである。年功が減るにつれてもらえる年金額が減っても、文句をいえないのではないか。

 さらに、景気の変動によって学生は就職先が左右される。能力や努力、ましてや性格の結果ではない。好景気な年に就職した人たちと不景気なときに就職せざるを得なかった人たちが同じ額の年金を受け取るのは不公平ではないか。育ってきた年代や地理的な条件を反映し、年金を掛けた額ほどもらえない人をつくっても仕方ないのではないか。

 また、コミュニティをどう形成するかである。都会から田舎へ人口が流入する動きがある。農村生活に調和する感性を持つ若者が、都市部の豊かな生活を捨てて移り住んでいる。しかし、日本の若者人口はもう増えないのである。一方、日本に関心のある外国人は増加するばかりだ。日本食を提供する店舗が世界各地に伝播し、クールでポップな文化の聖地には日本人離れした顔立ちが目立つようになって久しい。彼らは口々に言う。日本にぜひ住みたいが、住みにくい制度であると。

 外国人が移住しやすい制度にするには、犯罪の多発など懸念事項もある。だが、日本を古来から流れる思想を理解してもらえれば、心配ないのである。外国人が関心を抱く理由は、多様な文化を消化して転化しまう包摂力、そして宝の山のような技術を生み出し続けるその思想なのである。

 お隣さんに陽気な外国人が住もうものなら、自らの日本人らしさに気づけるだろうし、近所づきあいに活気が生まれること必至であり、なにげなかった生活が新鮮に思える日が来るのは近い。労働力が集まらない産業分野にも、割り当てたくなる仕事がたくさんある。日本は世界から人が集まる国なのである。

 日本の文化や技術を伝承する外国人を増やし、自国に持ち帰ったとしても、日本らしい名残を留める作品や製品が世界を席巻する未来は、日本人ならだれでもなんだかうれしくなってくることうけ合いである。進んで丁重に迎え入れ、おもてなしするのはいかがだろうか。

 日本を支える人を世界レベルで探せば、日本を求める世界じゅうの人々の思いとマッチする。先進国の商人が夢見た大航海時代が、平和な基盤のうえに刷新されて再び訪れるだろう。かつての商人たちは、領土の侵略ではなく、あくまで商品と情報が欲しかったのだ。そこに住めれば、旅行記の筆勢と評判はなおのことだったろう。