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『思考の解体新書』林成之著

思考の解体新書

思考の解体新書

*情熱の緩急

 本著の著者は脳低温療法を開発し、多くの急患を救ってきた偉大な医師である。適度な低温にすることで、脳内を伝達する流れを緩めるが止めない。摂取ができないために限られたエネルギーを使い潰すしかないなかで、圧力が上がり、管を縮め、神経の発火を促し、意識をすれすれで保ち、病院で持ち戻す。搬送されるまでのあいだ延命する措置として、今後も広まってほしい療法である。

 その方法を開発した著者が、自身が手法を発想するまでの過程を、脳科学で理論的に解明しようとしたのが本著である。誤植が多く、装幀も目立たない本著は、書店でも本棚の隙間に隠れており、まさに穴場である。苦労して見つけ出した者が得をする、いかにも解体新書らしい革命的な本である。

 記憶や思考、感情、運動能力、本能とその制御法をも網羅し、巻末に才能開発マップが1ページで載っている。特に気になったのは、脳の記憶はほとんどイメージ記憶で作られているという章である。自分が見ている、考えている、聴いている内容を「もの自身」になってイメージするという方法である。

 著者は、「脳をつくる遺伝子になって、脳はどのように機能しているかを理解するようにする」ことで、脳低温療法の発明へ至ったことを本文で仄めかしている。アインシュタインが、自分が光の粒になって宇宙を駆け巡る思考法で相対性理論を作り上げたことと同じ方法である。映像制作や分かりやすい設計や難問についても、解決への糸口を掴むことができる。

 そこで素数の気持ちになってみた。「名前」と個性「1」のみからなる素数たちが,eの肩の上に乗ったらどんな見晴らしなのだろうと。すると、eの肩に乗れば、複素数はみな自由になれると思った。そのまま複素解析の本を読み、発見、観測、存在、ゼロ、測定、創発について式に基づいて考察し、年末に勝負のサイコロを振り出し、いまに至る。

 相手を知り自分を知れば百戦危うからず。ビジネスにも広まるこの格言は、他人の気持ちに立ってものを考える、という佳き教えを生み、日本の丁重な接遇に結実して現れている。しかし思えば相手もおのれも脳をもつ。脳を知れば、どんな戦にも太刀打ちできるのは理の通る話である。

 脳科学への期待を、自分の脳だけでなく、ヒトの脳一般も同じようなものであると気づくことによって、自分の行動の規範すなわち倫理を立てるうえでも役に立つ。その相手とするものを、文字だの細菌だの、図柄や形だのに当てはめた変わり者が、人とは違う視点に立った新しいものを創るのも理の通る話である。本著を読んだ今では、脳を冷やして高い意識を緩める方法を、ぜひ教えていただきたい心持ちでいる。