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『経済物理学の発見』高安秀樹著

経済物理学の発見 (光文社新書)

経済物理学の発見 (光文社新書)

*分解者の視点

 経済は生きているといわれる.虎ノ門の証券会社の電光掲示板を見ると,常時株価が上下しているのを観察できる.同じ業種が同時に大きな変化をとることもあれば,法則性の見えにくい乱雑さを示してブリンクする文字列をみることもある.

 需要と供給がつりあって価格が決まるという古典経済学の基礎は,心を古典物理学で捉えた理論として生まれた.それ以来,物理学の概念を経済へ応用することが続いている.本著はそんな経済学に現在革命が起こりつつあることを紹介する.

 株価のチャートを波形と捉えて複雑系数学を適用する研究が始まっている.経済が生きている理由とは,経済を支えるアクターが生命だからだ.お金と交換できるモノやエネルギーを動かすのは動物である.動物は脳をもち,学習する.ゆえに経済行動は多数の神経のネットワークから影響を受けているとみてよい.

 需要と供給がつりあうことはほぼない.なぜなら,生産能力と消費能力のほかに,動物はもうひとつの力を宿している.分解能力である.需要に応答して作り出す能力を生産といい,供給を使い果たす能力を消費というなら,作られ使われたモノをあるレベルまで分配する能力を分解といっていいだろう.

 分解者は需給の世界から資源を受容し,ある単位に分解し,再び需給の世界に贈与する.リサイクル,お古の使い回しのほか,医療や介護,清掃,図書館,教育など,対象物を大切にするためのサービスも含む.有機資源を分解する細菌類は,経済の世界にもどっしりと住んでいる.

 経済とはこの3つの力が資源を配分する現象である.効用関数に3つの力を含めたu(r,F)は,3つのFを座標とする力学空間で,ひとつの資源rについての均衡点を探る関数となる.山分けする配分全体Uは,r=-∂U/∂Fとなり,力学の方程式がそのまま当てはまる.

 ここからわかるのは,配分はどれだけ移転しても総量を保存すること,そして,ある力の台頭によって配分の均衡が崩れても,他の力によって均衡が元に戻るという恒常性があることだ.価格の均衡点も,本来は3つの力の配分で決まるのである.

 生産者と消費者という立場の違う2者関係では見えなかった経済を解く鍵とは,われわれは生産も消費も分解もできる生き物だ,という当たり前すぎる事実である.かつての偉大な経済学者は,欲してきたことの積分が歴史である,と説いた.生きることを欲する人間は,資源を受け入れ,連れ戻し,贈り与える第三者に気づいている.経済は自然を思い起こすべきである.