饒かな舌

Mother Tongue

『ガンマ関数入門』E.アルティン著

ガンマ関数入門 (はじめよう数学)

ガンマ関数入門 (はじめよう数学)

*リーマンの死

 リーマン予想は単純な数学である.彼が少なくとも還暦を迎えるまで,命を存えることができたなら,自身の予想を自力で解決し,その定理をもって世界中から惜しみない賛辞を頂戴しただろう.39歳の生涯は,素数の分布を具に視るにはやや短すぎた.

 リーマン予想に最も近づいたナッシュが精神を病んだことで,この予想は最も神に近い命題として,畏れられることになった.ナッシュがこの予想に挑む決意をしたアイデアが,どのようなものだったかは興味深いが,世界の頂にいる天才として期待されていたことが,彼を病ませるきっかけになったことは窺うことができる.

 原子核を電子が周るとき,電子が落ち着く軌道がゼータ関数の零点である.これはスケールに拘わらない.太陽を周る惑星も,同じアルゴリズムで軌道を選ぶ.つまり,いままでエネルギー準位といわれてきた軌道について,なぜそのあたりを選ぶのか,ゼータ関数によって計算できるのである.

 リーマンの早世は,量子力学の発展にとっても不幸だった.なぜなら,責任を感じて自殺したボルツマンは,量子力学を認めて死ぬ必要はなかったのだ.エネルギー準位とゼータ関数が結びつけば,ボルツマンのアプローチは全く正しかったことが明らかになったはずなのだ.

 リーマン予想の答えをいえば,本著に方法が書かれている.全ての数を表す単調な関数をフーリエ変換すれば,零点の位置を表す式が求まる.ただ,それを理解するには,価数を表す軸Vを複素平面に直交させた座標空間と,多価性を表す数log(-1)が必要になる.

 いま世界に生きている誰かが,これと同じ事実を手にしていても,発表しない理由は察せられる.情報インフラを支える暗号システムが,リーマン予想の未解決を前提にして構築されているからだ.論文を公開しても責任がとれない.懸賞金の代償は高くつく.リーマンの夭折は現代まで尾を引いている.

 暗黒物質やそれと二乗等価な暗黒エネルギーの探求が続いている.エネルギーの概念が変わる時代である.リーマン予想の真実が再発見されるまでの歴史をも,リーマンは見通していたのか.彼の死によって身動きがとれなかった.重要人物は長生きすべきである.